私地獄

twitter:@ataso00

あの頃の私は、いつも音楽を聴いていた

昔から音楽が好きで、今でもよくライブハウスへと足を運んでいる。高校生の頃アルバイトで稼いだお金は、ほぼ全て好きな音楽につぎ込んだ。当時の私は家にも学校にも身の置き場がなく、何をするのも音楽が頼りだった。イヤホンで耳を塞いでいれば、家庭内で両親との関係が上手くいっていないこと、学校でクラスに全く馴染めていないこと、バイト先の店長と馬が合わないこと、周囲で起きている悩みの元凶が下らなく思えた。毎日飽きることなく音楽を聴いていた。来る日も来る日も音楽を聴いて、好きなバンドのライブの日まで指を折りながら数え、心待ちにしらような日々だった。

私には音楽しかなかった。音楽しかなかったから、何度も同じCDを聴き、ライブに足を運んでいると、「あ、この曲は私のためのものだ」という一曲に出会うことがある。もちろん、私のために書かれた曲ではないことなんてわかっているし、今まで一度だって私のために鳴らされた音なんてひとつもない。そんなことは分かっているけれど、私を退屈や日々のつまらなさからほんの一瞬だけ救いだしてくれる曲というのが私にはいくつかあったりする。

 

当時の私の救いが、blgtzだった。

ビルゲイツ」と読む。田村昭太という人がひとりで活動しているバンド。本当は、4人くらいいたけど、気が付いたら脱退・メンバーチェンジをし、いつの間にかひとりで活動するようになっていた。

はっきり言って全然売れていないし、今後の活動も続いていくのかもわからない。でもだからこそ、本当に生活が上手くいかなくて、きちんと生きていけなくて、音楽しか頼れるものがなくて、どうしようもない人たちが流れ流されて辿り着いた音楽が、blgtzみたいなバンドなんじゃないかと思っている。私が生きていくことに悲観していた時期に、出会ったのがblgtzだった。どういう経緯で知ったのかは覚えていないけれど、THE NOVEMBERSとよく対バンしていたからとか、小林くんの日記に名前がよく出てきていたからとか、THE NOVEMBERSが好きな人は大体好きだったからとか、多分そんな理由だったと思う。

 

4年半前の原宿アストロホールでのライブ。オープニングアクトTHE NOVEMBERSだった。あの日を境にblgtzはライブをしなくなり、ブログもTwitterも徐々に更新されなくなっていった。人前で演奏はしないのになぜか映画に出演していて、「だったら早くライブやってくれ」と毒づいたりもした。

何ヶ月かに一度、ラックからCDを探し、なんとなく聴くような日々を過ごしていた。「ライブしないのかなー」なんて思いながら。元々体の線も細い方で、ブログにもよく精神病やアルコール依存症に関して書いていたことを覚えている。直接お話をしたことはないけれど、歌詞や文章を読む限りでは「ああ、心があまり強くない方なんだ」と思っていたから、何かしらのきっかけがあってバンドが出来ない状態になり、もう活動しないのだと勝手に結論を出していた。

 

3月の下旬。THE NOVEMBERSのツアーが発表され、「blgtz」の文字を見た瞬間、まったく予想していなかったドラマチックな展開に驚いた。驚きつつ、「ああ、また見られるんだ」と思いつつなんだか泣きそうになる。その後、最後のライブにOAとして呼んだTHE NOVEMBERSが4年後にこうしてゲストとして呼んだことやWWW Xという会場を用意したことにゆっくりと感動し、昔見たライブや同じような音楽が好きだった友達のことを少しずつ思い出したりしていた。

私にとっての5/26は、特別になる日だとこの時から既に決まっていた。このタイミングでゲストとしてblgtzを招いてくれたことは、私にとってかなり大きな意味を持っていた。

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WWW Xの長い階段を上り、ステージの近くまで行くと、すぐに暗転する。前のお姉さん2人もblgtzが好きなようで、「どうしよう、はじまる」と言い合っていた。そうそう、そうなんだよ。今から始まってしまうんだよ。始まって欲しいような、始まって欲しくないような、なんとも言い難い緊張感を覚えながら、登場を待つ。サポートメンバー3人の登場後、現れた田村さんは白いシャツを着、最後にライブを見たときから、ほとんど様子が変わっていないようだった。

 

1曲目は、私が最も好きな曲だった。blgtzの楽曲は、大体歌詞が短い。「お風呂に住みたい 白くて狭い」という歌詞が凄く好きで、一時期はこの曲だけを延々と聴いていたことをよく覚えている。ゲスト発表から2か月経った今に至るまで、ステージの様子やセットリストを想像し、一番好きなこの曲のイントロを聴くという瞬間を、私はずっと待ち遠しく思っていた。

ゆっくりとしたイントロを聴きつつ、「本当にこれからはじまるんだな」とは思ったけれど、懐かしさは全く感じなかった。昔と比較した時の良し悪しも特に感じなかった。ただぼーっとステージを眺め、状況にぴったりと当てはまる感情も探し出せず、一人で静かに涙を流した。

WWW Xの音はきれいで、blgtzの音圧がうまく重なり、とても大きい音なのに耳に負担を感じることもなく心地よく聴いていられる。音も馬鹿でかくてシャウトだってあった。でも、気持ちがいいくらいに落ち着いて聴いていた。

 私がblgtzを知ったきっかけとなった曲も、初めて買ったCDの表題曲も演奏してくれた。わずか30分、40分だったけれど、きちんと今日のために考えて、準備をしたんだろうなあ、なんて考えていた。

blgtzの曲は、無機質だなあ、といつも思う。寂しいなあ、とも思う。久しぶりに聴いてもやっぱり無機質で寂しくて、ステージでサポートメンバーに囲まれて演奏しているはずなのにたった一人でスポットライトを浴びていて、悲しさを全部音で燃やそうとするのに燃えなくて、大きな音で演奏しているのになんだか消えてしまいそうだな、と思う。いつも。何かに追い詰められる気持ちにもなるし、全てがどうでもよく思えたりする。許された気持ちになったりもする。

個人の感覚の話かもしれないけれど、「綺麗」よりも「美しい」の言葉の方が、孤独とか死とか絶望に近い。終わりが見えるものに対して使われる「美しい」という言葉がすっと当てはまるライブをする。こんなに美しいライブをする人を、私は他に知らない。こんなに自分の負の気持ち全てと向き合い、戦い続けている人も知らない。心底かっこいいなあ、好きだなあ、と思う。

 

田村さんがステージに立って、何らかの楽器を演奏して歌っている姿を見ることができれば今日はいいのかな、なんて考えていた。たとえ、演奏が下手でも、声が出ていなくても、とりあえずステージ上で何かやっているところを見れたらいいや、くらいの感覚だった。また人前に出ることを決めてくれただけで、もうなんかどうでもよかった。でも、最後に見たライブから全然変わっていなかったし、ほんの少しだけ丸くなったなあ、なんて思った。 

 

最後は、田村さん1人がステージに残り、新曲を演奏する。『エコー』という曲らしい。胸にマイクを当て、ドクドクという心臓の音だけを残して、ステージを去っていった。最後に1人でステージに立ったこと、最後の最後に新曲を演奏したこと、楽曲の一部だった心臓の音、そのすべてがまだ生きていることの証明で、きちんと将来を向いていて、活動の再開を示唆しているのかなあ、なんてうっすら考えていた。THE NOVEMBERSの小林くんがMCで「blgtzを過去のものにしたくなかった。伝説のバンドのまま、終わらせたくなかった」と、発言していた。出演のオファーをする時に、同じようなことを言ったのかもしれない。このタイミングで引きずり出してくれたこと、WWW Xという大きな会場でのゲスト、4年半が経過してもなお声を掛け「美しい」と言ってくれることへの答えなのかなあ。真相はわからないけれど。

 

毎日blgtzを聴いていたあの頃のことを、ライブを見ながらなんとなく思い出していた。4年半を経て演奏していたblgtzが、昔の私をまたほんの少しだけ救ってくれたような気がしている。イヤホンで耳を塞ぐと、今日の音が頭のどこかから抜け、思い出も薄れてしまいそうで、何も聴かずに家へと帰った。

 

ひとまず、少しずつ活動をしていくのかな。嬉しいなあ。楽しみだ……。またすぐ辞めちゃう気もするんだけど。

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私は、このライブで感じた自分の気持ちと「あの頃の私たちは間違っていなかったんだよ」とどうしても伝えたかった人が3人くらいいる。そのうちの1人はきっと気が付かないし、私のことなんて頭の中からすっかりいなくなってしまったと思う。いつの間にか、私たちは疎遠になってしまった。「またblgtzのライブで会えたらいいね」なんて話をしたこともある。けど、もう連絡先だって知らない。会場内で、似ている背格好の人を見かける度に顔を凝視してしまった。違う人だった。いなかったんだろうけど、いても分からなかったと思う。4年半って、それくらい長い年月だ。

 

『警視庁抜刀課』観劇レポート(文・あたそ) | 舞台「警視庁抜刀課」公式サイト

こちらは舞台レポートです。

THE NOVEMBERSに関する文章は好き過ぎて多分1万字くらいになるし既に書いており、インターネットのどこかに多分転がっているはずなのでそちらを読んで下さい……。