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私地獄

twitter:@ataso00

友達に恋人ができた

脳内

友達に恋人ができた。

 

仕事中にiPhoneの通知が鳴り、「お!飲みのお誘いかな?」なんて能天気なことを考えながら開いてみると、「恋人ができました」と予想の斜め上、全く考えもしなかった情報が目の前に飛び込んできた。

たった2文、かつ30文字程度の文章だった。しかし言葉というのは不思議なもので、こんなにもわずかな情報で私にダメージを与えるのかと、仕事の内容が全て吹き飛んでしまうほどの衝撃を受けるのかと、思った。

 

この一瞬のダメージや、衝撃、その他私の中に湧き上がる複雑な全ての感情が「恋」とか「恋愛感情」という分かりやすく名前の付いたものだったらよかったのに。あるいは、「なんであの人に恋人ができて、私にはできないんだろう」とか「私よりも幸せに見える人間が許せない」とか、そういう誰相手にでもできる幼稚で安い嫉妬や恨み辛みでもいい。

 

しかし、はっきりと名前の付けられそうな感情を私の中から一生懸命に絞り出そうとしても、出てきそうにはなかった。し、なんだか普通に形式的な祝い方をしてしまってバカみたいだった。

 

今までそれなりの距離感を持って、何か勘違いしても、錯覚を起こしてみてもよかったのかもしれないのに。興味を持ち続けてくれたこと、気にかけてくれたこと、話を聞いてくれたこと、今までお世話になってきた分を還元できる強い感情が自分の中にひとつも持ち合わせていなくて、ハッとしてしまう。どうしようもない私には人として色々な感情が足りないんじゃないか、と思う。

 

お互いがお互いを1人の人として尊重し合えるのであれば、ずっと友達でいられるのだと思っていた。男と女としてではなく、性差を見つけるような関係でなければ、このままバランスの取れた関係でいられるのだと、心のどこかで信じていた。友達から男女の関係に溺れてしまうのは簡単なことで、それでも自分の中の女の気配をなるべく消して1人の友人として個人として向き合うことが私が彼に対してできる誠意や誠実さの見せ方だった。でもそれも私の勘違いで、性別という絶対的な線引きのされた関係にただひたすら甘えていただけなのかもしれないな、なんて今になっては思ってみたりもする。

 

今までの居心地の良かった感じも、これで終わりかもなあ、という感覚が私の中になんとなく芽生えだしてしまって、それが凄く悲しくて、寂しくてしょうがない。

きっと気持ちのどこかで遠慮してしまうし、よそよそしさみたいなものが纏わり付いてしまう気がして。一度均衡が取れなくなり、コントロールが出来なくなった関係は崩れていくスピードが驚くほどに早い気がして。どんどん色々なことを忘れてしまって、日々のなんでもない時に「あんなことあったな」なんて思い出そうとしても色んなどうだっていい感情に押し流されてしまう気がして。

 

「男女の友情は続かないよ」というのは、一方が恋愛感情を抱いてしまうからだと思っていた。でも、少し違ったみたい。私たちは、きちんとした友達で、お互い何も変わらないはずなのに、きっと親友にはなれない。生ぬるさを保ったような居心地のいい友達でい続けることも難しいのかもしれない。今までみたいに一緒にいることももうきっとないのかもしれないな、と思う。なんとなくだけど。

 

いつか、ちゃんと友達になれると思っていた。男女が最も仲良くなるためには、結局恋人同士になるしかなくて、心の奥底の方で理解はしていた気がするけれど、私だけはその性差すらも乗り越えられると思っていた。

でもこうしてお互いが別の人を見て、どこかて誰かと向き合って、いつの間にかバラバラになってしまう。歳を重ねるごとに大切にするべきもの、捨てられないものが増えていき、「女友達」という曖昧な存在は選択肢から外れる。

男女が純粋な友達でい続けられる可能性というのは、歳を取るごとに低くなっていくのかな、と私は名前のつかない中途半端な感情をぶら下げつつ、泣きながらこの文章を書いた。

 

 

 

 

というようなことを、男女関係なく友達に恋人が出来る度に考えるし学習せずにいちいち悲しくなってしまう癖やめたいんだよなあ〜……。