私地獄

twitter:@ataso00

女性らしい人でなければ女として認められないなら私は今すぐ性別を放棄して死ぬ

私は昔から女性らしくあることを放棄していて、ようやく最近本当の意味で自分が女性であることを認められるようになってきたような気がしている。

 

幼い頃は、リボンやフリルやピンクが似合って、シルバニアファミリーやリカちゃんが好きで、目が大きくてまつ毛が長くてかわいくて……みたいな女の子でなければ、女の子と名乗ってはいけないと信じていた。女に生まれたのに、自分には女性らしさが一切備わっていなかった。私の周りには、ずっと恥ずかしさがまとわりついていた。

女性らしく振る舞うこと、女の子らしいものを欲しがること、少女漫画を読んでときめくこと、男の人に恋心を抱くこと、そういうことを私がしてはいけないと思っていた。容姿が人よりもずっと劣っているというのもあるけれど。
自分の思い描く「女性らしさ」を一切身につけていないのに、でも女でいることを絶対に放棄できなくて、それがすごく嫌だった。
自分の性別に対して疑問を抱いたことはないし、男性になりたいと思ったこともない。自分が心の底から女であることを理解してはいるけれど、世間の抱く女性像にまったく当てはまらずなんとなく居心地の悪さを感じていた。今も感じることはたまにある。

 

でもこの類の羞恥は結局「女性らしい振る舞いをしようと努力している姿が醜い」「ブスが何女の子らしくなっているんだ」みたいな、周囲の人から自分はどう見られるのかに結びついている部分があって、年齢を重ねるごとに女性であることへの恥が徐々に剥がれ落ちていっている。
誰も私のことを気になんてしていないし、どんな格好や振る舞いをしようが、大して記憶に残らない。たまたま知り合っただけの人物に、特別に強い感情なんて抱かないだろう。
更に、私と友人・知り合いと関係を築く上で、女性らしくあることや容姿の優劣は追加ポイントにならない。女であることに対して多少の恩恵を受けていることは重々承知しているけれど。だから、世間一般の思い描く女性像を当てはめる努力(はじめからできなかったけど)も、恥ずかしさを感じることも辞めた。馬鹿らしい。無駄だったな、と思った。

女性といる時は、扉を開けてあげるとか電車で席を譲るとかなんとなく男性的な振る舞いをしてしまう。私が女性にとって恋愛的な意味で敵になることはまずありえないし、恋愛ばかりしていて自分が女性であることに何も迷いのない女の子から比較的よく好かれる。そういう立ち位置であり、同じ性別の人間として一つ下の段に居座っていることが、心地よかった。

男性といる時も、あまり性別の隔たりがないように意識をして振る舞う。気は遣うけど。友達として付き合っていきたい気持ちがすごく強くて、関係性を崩したくないからかもしれない。私が友達と人として対等に付き合いながら、人間関係の中で居心地のいい場所を見つけるには、すごく重要なことだった。

意識と振る舞いは、外見や発言に反映される。だから、ジョークのひとつとして「そんなんじゃ結婚できないよ」「だから彼氏ができないんだよ」「女性らしく振る舞えないなら死んだ方がいいんじゃない?」「この人みたいじゃなくてよかった」とか、笑いながら言われ続けてきた。もう慣れたし、飽きた。

最近、「前から仲良くなりたかったんだよね!」と声をかけてくれた子にすら「女捨ててるから、女の子にモテるんじゃない?」と何の悪びれもせず言われたんだから、まあ世間一般的な認識ってこんなもんなんだろう。私の性別には何の価値もない。外見も同じくらい価値がない。

 

私個人の女性性に対するこだわりは、多分人一倍強い。ものすごく強い。幼い頃から自分の女性性のあり方に悩み続け、結果的にやっとちょうどいい居場所を見つけることができた。なんとなく、このままでいいのだろうと思う。自分の性別をどこに置くのかという私の中での重要な問題は、解決へと向かっている。
しかし、周りが認めていないんだ、と思うことが多々ある。私の性格や価値観をある程度理解しているはずの人にすら、性別を自然に否定される。
近い人でそうなんだから、初対面の人からの「だから結婚できないんだよ」「女の幸せは、男の人と結婚して子供を産むことだから」という発言だってなんだか仕方のないことな気すらしている。

せっかく自分の振る舞い方や立ち位置を選べるようになったのに、結局人からの発言に悩み、傷つき、考え込む。
私の性別へのあり方を冗談みたいに軽く貶されると、私自身も否定された気持ちになる。
仲のいい人なら近い距離の人ならきっとわかってくれる、と思っていても実はそうじゃなくて、他人の性別に対する考え方ってそう簡単に変えられない。人を思いやる気持ちと、自分と他人を比較してどう思うのかも違う。自分の中での他人に対するイメージから外れた・想定できない言動を取ったとき、意外と認められない人も多い気がしている。言葉の選び方ひとつで悲しい気持ちになることだってあるよ。