私地獄

twitter:@ataso00

思い出はいつまで忘れずにいれるのだろうか

このあいだ、京都からきた彼と、人の溢れかえった狭い立ち飲み屋で新年会をした。お正月やすみを利用して、帰郷したのだという。彼、という言い回しにはもちろん変な意味はなくて、友達と呼ぶには関係が近すぎるような気がするし、知り合いと呼ぶには遠すぎる気がする。男の子という言葉も当てはまらないし、なんかぼーっとしていて、掴みどころがなくて、彼という言葉がぴったり、というだけだ。


この彼と出会ったのは、私がインド北部のレーからデリーに帰るため、掘っ立て小屋みたいな空港で帰りの飛行機を待っているときだった。日本で2番目に頭のいい大学に通っていて、山奥の小さな村で村人が畑の世話をする際に通る経路の研究をしているらしい。
チェックインの列に並んでいるときに「日本の方ですか?」とえんじ色をしたパスポートを持っている私に話しかけてき、そのままフライトまでの時間を下らない話をして潰していた。そして、デリーに到着してからも、3時間程度オールドデリーという地域を一緒に歩いて回った。私はデリーで3日間程度滞在する予定だったのだけれど、彼は夜の便で日本に帰国するらしかった。日が暮れるまで、ごちゃごちゃとした迷路みたいな路地を話しながら歩き回り、夕ご飯を一緒に食べ、そして別れた。


インドはとても不思議なところで、私の浅くて薄い人間関係にも、大きく影響を及ぼしている。今まで様々な国に行き、色々な人と出会い、時には一緒に食事をしたり観光地を見て回ったりしてきた。身の上話だってしたし、行き先が同じでできるだけお金を使いたくないからという理由で、つい1時間前に知り合った人と同じ部屋に泊まったことだってある。ずっと日本で過ごしていたら出会わないであろう人と知り合って、何日も行動を共にする、というのは当たり前だった。

でも、不思議なことに日本に帰国してから会う機会はほとんどない。灯りがなくほぼ真っ暗な村でビールを飲みながら両親や恋人も知らない話をしたり、みんなでたき火を囲みながら人生の目標を語り合うという照れくさいことだってしたのに、気が付いたらFacebook上だけの関係になっている。
時間が経てば経つほど、気軽に「久しぶりに会いましょう」と言えなくなる。「ああ、この人はあの国で会って、こんなことを話したな」という思い出は頭の中にいくつも残っていても、本人にわざわざ会って話がしたくなるほどの興味が自分の中にはないことに気がつき、懐かしさやわずかな興味すらだんだんと失われていく。
ただ、近況を画面越しでなんとなく知るような人が多かった。(そして、いいね!すらしない)

そんなどうしようもない関係ばかりなのに、日本に帰ってからもごくたまに連絡を取り合って、どこの国境が通りにくくなったらしいとか、あそこのビザがこの国の大使館で取れるようになったとか、あそこの国に賄賂を渡して行った人を知っているとか、そういう話をする人が私には数人いて、決まってインドで出会った人だった。
それも、何日も一緒に行動をしたわけでも、大した思い出があるわけでもなくて、ただ道端で話しかけらて1時間だけ一緒にラッシーを飲んだ人とか、集団でご飯を食べていて二言三言しか話をしていないのにその場の流れでFacebookを交換してしまった人とか。
だから今回新年会をしたのもごく自然なことで、おかしな縁みたいなものが働いているのかな、と思っている。

それで、身の上話とか、年末年始どのように過ごしたとか、インドから帰国してから何をしていたのかとか、そういうお互いの話を順にしていって、「では、また」と言って駅のホームで別れた。最近の私は、お酒にひどく弱くて、すぐに眠くなってしまう。だから、この日も思っていた時間よりもすぐ解散することになってしまった。

待ち合わせに向かうときも、家に帰るまでの電車のなかでも、レーで過ごした2週間のことをずっと思い出そうとしていた。そして、こんな風に、指の隙間から砂がゆっくりと漏れていくみたいに、色々なことを忘れていってしまうのか、と思った。

私には学生時代の思い出が、ほとんどない。人よりも少ない気がしている。大学まで通っていたのだから、かなり長い期間を学生として過ごしたはずなのに、本当に学生として十数年間過ごしていたのかと疑いたくなるくらい、色々なことを思い出すことができない。
私がよく覚えているのは、中学生の頃「なんとなく」という理由で仲の良い子達全員に無視されていたとか、高校生の頃に恋愛至上主義で男の人から選ばれることだけが幸せだと信じている女の子ばかりに囲まれていたとか、いつもクラスに馴染めなかったとか、毎日退屈だったとか、そういうことばかりだった。

なぜ思い出がないのかと言えば、学生時代に知り合った人と、ほとんど縁が切れたからかもしれなかった。私には、地元にひとりも友達がいない。同窓会にも今後きっと出ないだろうし、個別に連絡が来ても、適当にはぐらかしてしまうんだと思う。だって、馴染めなかったし。成人式のあとの同窓会も学生時代の延長くらいつまらなかったし。話したいことも特に思い浮かばないし。
今の自分にはあまり必要のない人間関係で、当時の友達も同じように私のことを認識しているから、私には今も付き合いがある学生時代の友達がいないのかもしれなかった。
学生時代の話をする機会がないから、思い出が頭のなかから引き出されずに、どんどん他の記憶に埋もれてしまう。新しい記憶ばかりが更新され、使用されることのない古い記憶はどんどん頭の隅に追いやられていく。だからきっと、私には学生時代の思い出がほとんどない。

気が付けば、レーにいたのはもう2か月も前の話で、その間の私と言えば、転職をしたり引っ越しをしたりして、かなり忙しく過ごしていたのだと思う。
ついこの前まで、すぐに停電してしまうような、お湯だってたまに使えなくなってしまうような、標高3500mの場所にいたことすら、遠い昔のように思えてくる。

例えば、バスを待っているときに軍人からリンゴをもらったこと、パンゴン湖を見に行ったときドライバーが嬉しそうに白くて小さな鳥の写真を撮っていたこと、現地で知り合った子と「せーの」で持っているライトを消して夜空を見上げたこと、現地の人とチャイを飲みながら一緒にゲームをしたこと、そういう些細だけれど私にとっては大切な出来事を、学生時代の思い出と同じくらいのスピードで忘れていってしまうのかもしれなかった。
私には当時のことを振り返るものが写真くらいしかなくて、きっと写真を撮った瞬間以外のことをすぐに忘れてしまう。仕事と趣味に埋め尽くされた生活のなかで、だんだんと思い出す時間が少なくなっていって、どんどん頭のなかから色々な記憶が抜け落ちてしまうんだろう。

どんなに大切な思い出でも、私が思い出せることは記憶を頭のすみから引っ張り出す機会が少なくなればなるほど、どんどん減っていく。私を形成しているものが、生活のなかの埋もれていってしまって、輪郭がぼやけていってしまう気がする。ものすごく、寂しいと思った。

本当は忘れたくないのに、きっともっと大切な思い出とか忘れたくないこと、生きていくうえで覚えておかなくてはいけないこととかがたくさんできていって、こんな風に忘れたくないと思っていたことすらもきっと忘れていく。記憶は積み重なって、どんなことだって実は未来に繋がっていて、何かの拍子に思い出すことができるかもしれないし、そういう訳にもいかないのかもしれない。

私はいつまで、自分をときめかせるような、心のささえとなるような大切な思い出を、胸にとどめておくことができるのだろう。